転職と仕事

37歳、司書を辞めると決めた夜

夜のリビングの机の上に置かれた書類とノート、ペンとマグカップ
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34歳で自分の価値観を見直した。
幸せの要素を再確認し、司書という仕事がそこにないことにも気づいた。
それでも私はすぐに辞めることはできなかった。

怖かったのだ。
図書館以外の世界に出ることが。

他に何ができるのかわからない。
今より暮らしがよくなる保証もない。
このまま司書を続ける方が安全に思えた。

私は迷いを抱えたまま、次の図書館の採用試験を受けた。本当は乗り気ではなかった広域館の試験だった。

専門性が活かされない構造

35歳になった私は、三つ目の公共図書館で働くことになった。広域を担う、いわゆる中核館だった。

規模も大きく、外から見れば恵まれた環境に見えたかもしれない。
けれど、私にとってはそうではなかった。

そこは組織の色ばかりが強く、司書の専門職としての立場がどこか曖昧な図書館だった。

正規職員の多くは司書資格を持っていない公務員で、彼らは司書資格を税金と勤務時間を使って取得できるが、専任として配置されるわけではなく、数年で異動する立場だった。

一方で、現場の実務を担うのは非正規の有資格者だった。

選書や児童サービス、レファレンス。日々の運営は私たちが回していた。
けれど資格はあっても、権限はない。
意見をいう場もなく、声をあげれば冷遇される。
自主性よりも前例が優先される。
何か問題が起きたときだけ、「専門職だから」と責任が回ってくる。

専門職として扱われているようで、実際にはそうではない。その構造に、私は静かに違和感を覚えていた。

不本意なことに、やりがいと反比例して給与は非正規司書時代で最も高かった。
金銭面だけを見れば条件は悪くなかったが、私の頭には、勤務初日に今年度いっぱいで退職するという考えすら浮かんでいた。それほど館の方針や雰囲気と水が合わなかった。

そこでいっしょに働いた十歳ほど年上の先輩たちは、優秀な人たちだった。
経験も知識も豊富で、後進の教育にもとても熱心だった。誰よりも仕事を理解し、誰よりも利用者のことを考えていた。

けれど、その人たちも非正規だった。
どれだけ積み重ねても、専門職として報われる構造ではなかった。

私は先輩たちの姿に、自分の十年後の姿を見た気がした。


それはその館だけの話ではなかった。
非正規という立場である以上、どこにいても同じだった。

任期は三年。更新は一年ごと。退職金はない。

報われない、とは言わない。
やりがいはあった。誇りもあった。
けれど、未来はなかった。

そうして迎えた面接の日

広域館で働き始めて三年が経ち、私は三十七歳になっていた。


一月を迎え、広域館での雇用もあと2ヶ月で任期を終えようとしていた。
来年度の仕事は何も決まっていなかったが、広域館の再任用試験を受けるつもりはなかった。

この三年で私は確実に削られていた。出勤するだけで強い抵抗感があり、心身の不調で有給はすでに使い果たしていた。限界はとうに過ぎていた。

司書の採用試験は、年末から年度末にかけて集中する。司書を続けるつもりでいる限り、通年で募集のある民間企業の求人には手を出しづらい。並行して受けることは、現実的ではなかった。

転職活動らしいことは何もしていない。ただ一件、司書募集に応募しただけだった。
通える範囲にある図書館で、条件に合うのは、初めて勤めた公共図書館しかなかった。

そこでやりたいことがあったからではない。
他に選択肢がなかっただけ。消去法だった。

採用される自信があったわけではない。
だからと言って、不採用だった場合のことを考えていたわけでもない。
本当に何の準備もしないまま、私は面接の日を迎えた。



面接官は、司書資格を持たない市の管理職だった。
異動で図書館に館長として配属された人だった。

面接は淡々と進んだ。
私の司書としての十七年は、児童サービスだった。
学校図書館から始まり、公共図書館でも児童担当を続けてきた。
それが自分の強みだと、疑ったことはなかった。

しかし、自己PRや実績の確認が終わったあと、面接官はこう言った。

「今までのお仕事は児童関係だけで、レファレンス担当ではないんですねぇ」


私は、何も言えなかった。


怒りはなかった。
悔しさも、悲しさもなかった。
ただ、何かが急速に冷えていくのを感じた。

その瞬間、理解した。
積み上げてきたものは、この構造の中では評価の対象にならないのだと。


二週間後ほど経った頃、試験の結果が送られてきた。
開封する前からわかっていた。
不採用だった。

不採用の夜

不採用の通知を受け取った夜、手元には書きかけの履歴書があった。
司書を続けるための、最後の選択肢——隣の県にある学校図書館に応募するための書類だった。

私はそれ以上、書類を書く手を動かすことができなかった。ペンを置く時が来たのだ。


私は不採用だったことに、ほっとしていた。
自分でも意外だったが、それが本当の気持ちだった。

万が一ここでまた受かってしまったら、私はまた司書を続けてしまう。
来年の雇用を心配しながら、
三年後の試験を恐れながら、
同じ不安を抱えたまま、ずるずると続けていく。

それがもう、はっきりと想像できてしまった。


もうやめよう。
逃げるように司書を選ぶのは。

職が決まっていなくてもいい。
何ができるか分なくてもいい。
うまくいかなくたっていい。

なんとかなる。
いや、私がなんとかする。


不採用という結果に背中を押され、私はようやく司書を手放すことを決心した。


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