転職と仕事

34歳、静かな転機

ノートとペン、グリーンの葉がある机の写真
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短大で司書資格を取得し、卒業してから8年間は学校図書館で、29歳からは公共図書館で働いた。
最初に採用になった公共図書館で任期満了まで勤め上げた。気づけば私は、もう33歳だった。

その頃はいつも頭のどこかで「次はどこの図書館で勤められるだろう」と考えていた。

正社員になった今振り返ってみると、いかに頭の中が不安定な雇用への不安で占められていたかがわかる。
それなのに不安を不安として認識できずにいた。

あれは一種の現実逃避だったのかもしれない。

小さな分室で、自分と向き合う時間

初の公共図書館勤務時代は非常に慌ただしかった。

充実していたし、やりがいも多かったが、毎日の業務をこなすことで精一杯で、自分のことはいつも後回しにしていた。


34歳のとき、また別の自治体の公共図書館での採用が決まり、公民館の中にある小さな分室の担当になった。

分室での日々は穏やかで、時間の流れが緩やかだった。来館者が少ない日もあり、一人で過ごすことも多かった。

勤務初日は前年度までの忙しさと真逆の環境に戸惑ったが、5月の連休が明ける頃にはすっかりその環境にも慣れた。二つ目の公共図書館ということもあって気持ちにも余裕が出てきていた。

突如降って湧いた余白たっぷりの時間の中で、私は自然と自分のこれまでの人生と、これからの人生について考えるようになっていった。

A4の紙に年表を書いた日

その日はとても利用者が少ない日だった。

誰もいない分室内のカウンターで、私は個人的につけていた業務日誌用のA4ノートを取り出し、選書やイベントの案などをメモする一方で、頭の中では全く別のことを考えていた。



今の職場が終わった後、どうしよう。



まだ5月中旬のことだった。
勤め始めてまだ正味一ヶ月も経っていなかった。

任期のある働き方が当たり前になっていて、働き始めた瞬間から終わる時のことを想像してしまう。
働き始めた21歳の頃から、ずっと繰り返してきた思考だ。10数年繰り返してきたそれは、もはや習慣となっていた。

ただ一つだけ、今までと違ったことがある。

そう。

この日の私はペンを持ち、手を動かし、頭の中を紙に書き出していた。
頭の中だけで考えることをしなかったのだ。
これが後々、転職後の私をも助けてくれることになる。


私が書き出したのは、簡単な年表だった。

一番左側に西暦。
次に自分の年齢。
そして母の年齢。
それを34歳から区切りよく100歳になるまで書き続ける。

数年後私は何歳で、そのとき母は何歳だろう。
この図書館で○年更新した場合、私は何歳だろう。

そんなことをぼんやりと考えながら、初めは暇つぶしの落書きをするような気持ちだったが、書き続けるうちに私は呆然とすることになる。


たったのA4の紙1枚分に、私の残りの人生はちんまりと収まっていた。

紙の上の数十年は、
思ったより、ずっとずっと短かった。

自分にとっての「幸せ」を書き出してみた

思わぬ形で時間の有限性を突きつけられて、私は動揺した。

このままでいいのだろうか。
この先も非正規雇用で働き続けて、本当にそれで後悔しないか。
私はそれで幸せなのか。

それまであまり深く考えてこなかった。
いや、考えないようにしていたかもしれない。

書き出した年表をしばらく眺めたあと、次に私がやったのは、自分の幸せの要素を書き出すことだった。

私の幸せに、これだけは絶対必要だという要素を思いつくままに書いていった。
頭で考えているだけではだめだと思った。
堂々巡りで、同じ思考から抜け出せないことを直感で理解していたからだ。


答えはすぐに出た。
あまりにシンプルな回答に私はまた愕然とした。

なかったのだ。
どこにも。


母。
友人。
健康。

お金と時間。

私が書き出した幸せの要素に、
司書という言葉はどこにも見当たらなかった。

そこに、司書はなかった

小学生の頃から憧れていた仕事だった。
これまで司書や図書館は、疑いようもなく人生の中心にあった。

学校図書館の採用試験に落ちたときも、司書をやめるという選択肢は浮かばなかった。
続ける前提で次の場所を探しただけだった。

それなのに何度見返しても、そこに「司書」という言葉はなかった。


これまで私は仕事そのものが報酬だと思っていた。
非正規であっても、続けられること自体が幸せだと信じていた。
けれど、その紙の上には、母、友人、健康、お金、時間。
そんな言葉が並んでいるだけだった。
司書という肩書きはどこにもなかった。


もしかしたら司書でなくても私は幸せなのかもしれない――

その考えはこれまで築いてきた自分の軸を揺らすには十分だった。

40歳という区切り

夏休みも終わろうとする頃、分室でいっしょに働いていた同僚が、年内で退職するということになった。正社員の事務職に転職するのだという。

「このまま司書を続けてもずっと非正規雇用で生活は不安定なまま。私は来年で40歳になるから、未経験職種に転職するならこれが最後のチャンスだと思ったの」

彼女はそう言った。その言葉はとても静かだった。
特別に大きな決意を語るでもなく、ただ淡々としていた。

40歳。最後のチャンス。
彼女の正社員採用の報告を祝いながら、34歳だった私はその言葉を無意識に自分に当てはめていた。


任期が終わればまた次を探す。
そうやってつないでいくものだと思っていた。

年齢を区切りにして別の道を選ぶという発想は当時の私の中にはなく、彼女の言葉に私は揺れた。
同時に、揺れてしまった自分にショックを受けた。

あれほど司書を続けたいと思っていたのに、誰かの決断を聞いただけでこんなにもざわつくなんて思いもしなかった。


もちろん、この時点で司書を辞めようと決めていたわけではない。
何の覚悟もなかったし、決断できるほど整理もできていなかった。この日を境に何かが劇的に変わったわけでもなかった。

でも、非正規司書という仕事を、
これまでのように何の迷いもなく選び続けることは、
もうできなかった。


私は自分の年齢と、残された時間を意識し始めていた。

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